数年前、アメリカに帰ったときに、僕が一番好きなゴルフ仲間の2人と久しぶりにラウンドしました。
ティム、ジョシュ、そして僕。
サンディエゴでは、この3人で何百ラウンドも一緒に回ってきました。
ティムは元海兵隊。
ジョシュは生粋のギャンブラー。
そして僕はグループの「コーチ」役。いつもスイングのことを聞かれるし、だいたい3人の中では僕が一番上手い。
3人で一緒にゴルフをするのは、約3年ぶりでした。
その日はオーシャンサイドのアローウッド・ゴルフコースへ。
でも、不思議なくらいすぐに昔と同じ感じに戻りました。
同じ性格。
同じトラッシュトーク。
同じくだらない小さな勝負。
どうでもいいショットを巡って、また同じように言い合う。
ラウンド後、僕たちはクラブハウスの外で18番ホールを眺めながら座っていました。
ゴルフの後のいい会話って、だいたいその日のラウンドの話から始まります。
そこから、なぜか別のラウンドの話になって。
また別のラウンド。
さらにまた別のラウンド。
そして、いつの間にかエンシニタスで回ったある日の話になりました。
その日、ジョシュは見るからにボロボロでした。
とんでもない二日酔い。
1番ティーに立って、最初のショットを打って……
その直後に吐いたんです。
それを思い出して、僕たちは大爆笑していました。
すると誰かが言いました。
「待って。あれ、動画なかったっけ?」
ありました。
少なくとも、あったはずです。
そこから全員スマホを取り出しました。
カメラロール。
昔のメッセージ。
いろんなフォルダ。
名前で検索。
日付で検索。
でも、何も出てこない。
動画はもうありませんでした。
そして、ほかの昔話でも同じことをやり始めました。
覚えているラウンドは山ほどある。
ありえないショットも。
賭けも。
くだらない出来事も。
でも、それを実際に見返せるものは、ほとんど残っていませんでした。
写真や動画を撮っていなかったわけではありません。
むしろ、たくさん撮っていました。
ただ、時間が経つうちに消してしまった。
スマホを変えた。
カメラロールを整理した。
昔のメッセージの中に埋もれていった。
3年が経っていました。
人生が進んでいました。
そして当時は、そんな10秒くらいの短い動画を「絶対に残しておこう」と思うほど大事なものだとは感じていなかったんです。
思い出って、不思議です。
あとからどの瞬間が大切になるのか、そのときはわからない。
ジョシュが1番ティーのショット直後に吐いた日は、ただただ面白かった。
でも3年後、アローウッドで座っていた僕は、その動画をもう一度見たくて仕方ありませんでした。
そのとき、僕の中でひとつのことがはっきりしました。
僕たちは、たぶん今まさに「いい時代」を生きている
歳を重ねるほど、ある時期の人生というのは、その真っ只中にいるときには驚くほど普通に感じるものなんだと気づきます。
でも、ある日振り返って思う。
「ああ、あの頃って最高だったな。」
ゴルフ仲間も、きっと同じです。
今、隔週の土曜日にいつもの4人で回っているかもしれない。
月に一度、8人くらいの男女で集まっているかもしれない。
2組、3組、4組で一緒に出て、ラウンド後はみんなでご飯を食べるのが定番かもしれない。
それが今は普通に感じる。
必ず遅刻する人がいる。
1番ティーで急にゲームのルールを変えたがる人がいる。
グリーンに文句を言う人がいる。
1,000円負けただけで人生が終わったかのように騒ぐ人がいる。
人生最高のショットを打ったのに、誰も見ていなかった人がいる。
何度も一緒に回っているうちに、そのグループだけの言葉ができていきます。
そのグループだけの物語。
そのグループだけの悪役。
そのグループだけのヒーロー。
外から見ればどうでもいいのに、なぜか伝説になっていく出来事。
たとえば海斗はレンジローバーに乗っているのに、ある日ボールを泥の中に入れて、1,000円を失うくらいなら絶対にペナルティは受けないと、服を脱ぎ始める。
その瞬間は、みんなただ笑っています。
でも1年後、夕食中に誰かがその話を出しただけで、話し終わる前からテーブル全体が笑い始める。
僕が言いたいのは、そういうことです。
そういう瞬間が、いつの間にかそのグループの一部になっていく。
そして、考えたくなくても、今のこのメンバー、この形のままのグループが永遠に続くわけではありません。
友達が遠くへ引っ越すこともある。
忙しくなる人もいる。
ゴルフへの興味が薄れる人もいる。
家族や生活環境も変わる。
そして残念ながら、大切な人を失うことだってあります。
人生には、いろんなことが起きます。
だからといって、悲しい話にしたいわけではありません。
むしろ逆です。
だからこそ、今あなたが回っているその1ラウンドが、少しだけ大切に見える。
10年後、今とまったく同じメンバーで同じテーブルに座り、またくだらない1,000円勝負をできるなら、きっと思っている以上に価値を感じるはずです。
ゴルともは、そこから生まれました
アローウッドで感じたあのことが、ずっと頭に残っていました。
そして、これは僕たちのグループだけの話じゃないとすぐにわかりました。
LINEもある。
Instagramもある。
スマホにはカメラロールもある。
でも、そこではゴルフ以外のことも、山ほど起きています。
ゴルフの写真は、日常のあらゆる写真に混ざっていく。
あの日みんなで笑った動画は、何か月分ものメッセージの下に埋もれていく。
誰かが大好きだった写真も、一人のスマホの中に置かれたまま。
そして時間が経つ。
写真を消す。
スマホを変える。
チャットはどんどん先に流れていく。
そうやって、そのグループの歴史は少しずつバラバラになっていきます。
僕が作りたかったのは、また別の写真アプリではありませんでした。
欲しかったのは、ゴルフのためだけの場所でした。
もっと正確に言えば、
自分たちのゴルフグループの歴史が、ちゃんと残っていく場所。
一緒に回ったラウンド。
写真。
くだらない動画。
最高のショット。
最悪のミス。
賭け。
そのグループ以外の人には意味がわからない内輪ネタ。
ほかの人から見ればほとんど価値がなくても、その仲間にとっては毎年少しずつ価値が増していくもの。
その考えが、やがてゴルともになりました。
そして作っていくうちに、僕はただ思い出を保存したいわけじゃないと気づきました。
仲間みんなが一気に笑顔になる瞬間を、もっと簡単に見つけられるようにしたかった。
そういう瞬間が見つけやすければ、また会話に登場する。
会話に登場する回数が増えれば、そこからまた新しい話が生まれる。
もっと笑う。
もっと「覚えてる?」が増える。
テーブルを囲んだみんなが、一気に明るくなる瞬間が増える。
そしてふと、
「ああ、こういうのが人生なんだよな。」
と思える時間が増える。
でも、ゴルともは思い出を残すだけの場所ではありません
これは作り始めてすぐに、とても大事だと思ったことです。
せっかくゴルフ仲間のためのものを作るなら、今日のラウンド自体ももっと楽しくなるべきだと思いました。
あとで思い出せるだけではなく、その瞬間そのものをもっと面白くしたい。
だから、スコアカードもリアルタイムです。
同じ日に2組、3組、4組で回っているなら、別の組がどうなっているのかをみんなでリアルタイムに追えます。
しかも、真剣な試合をしている必要なんてありません。
何組かで一緒にゴルフをしていれば、必ずこう思う瞬間があります。
「今これ、みんなに見せたい。」
たとえば海斗が泥の中で、レンジローバーに乗っているくせに1,000円を失いたくない一心で服を脱ぎ始めている。
これはもう、みんなに見せたい。
あるいはルイが、生まれて初めてのバーディーパットに立っている。
だから、ゴルともにはライブ配信も入れました。
4時間ずっとラウンドを配信してほしいからではありません。
僕自身、そんなことはしたくありません。
考え方はもっとシンプルです。
「今、見てほしい瞬間が起きている。」
その瞬間に、ほかの仲間も一緒に入れるようにする。
そして、ゲームもある
僕の知っているゴルフ仲間で、ただスコアだけ入力して終わり、という人たちはあまりいません。
グループごとにゲームがあります。
独自のルールがあります。
何でもない普通のラウンドを、なぜかものすごく重要な勝負に変えてしまう遊び方があります。
だからゴルともでは、オリンピックやラスベガスのようなゲームも、ラウンドの中でそのまま遊べるようにしました。
状況はリアルタイムで追えます。
複数組で回っているなら、別の組で何が起きているのかもみんなで見られます。
17番で誰かが1.5メートルのパットに立っている。
そして本人は、ほかの8人がその結果を待っていることを知っている。
それだけで、そのパットの空気が少し変わります。
何でもないはずの1打に、ちょっとだけ熱が入る。
そして、この考え方で僕が一番好きなのはそこです。
今この瞬間のラウンドを楽しくするものが、そのまま未来の思い出にもなっていく。
スコア。
ゲーム。
ライブで見た瞬間。
くだらない写真。
誰も大事だと思わなかった10秒の動画。
今日は、ただの土曜日です。
でも3年後には、みんなが「まだ残ってたらな」と思うものになっているかもしれない。
今が「いい時代」なんだと思う。だから、少し多めに残しておこう。
ティムとジョシュと回った中で、どのラウンドが一番良かったのか。
正直、僕にもわかりません。
たぶん、その日にはわからなかったと思います。
それが、この話のポイントなんだと思います。
僕たちは何百ラウンドも一緒に回りました。
そのほとんどの日は、朝起きた時点ではごく普通の日だったはずです。
コースに集合する。
ボールを打つ。
賭けをする。
くだらないことを言い合う。
ゴルフをする。
何か食べる。
家に帰る。
そして人生は進んでいく。
気づけば、3年間一緒にゴルフをしていませんでした。
そういうものなんだと思います。
「いい時代」は、自分から名乗ってくれません。
だいたい、あとになってから気づきます。
だからといって、毎回のラウンドを感傷的なイベントにする必要なんてありません。
そんなの疲れます。
賭けには本気になればいい。
3パットした友達は思いっきりいじればいい。
海斗が1,000円のために服を脱ぎ始めたら、腹を抱えて笑えばいい。
それでいいんです。
ただ、少しだけ多く残しておく。
いつか僕たちがアローウッドでそうしていたように、18番ホールを眺めながら同じ昔話をする日が来るかもしれません。
そのとき今度は、
「待って、あれ残ってるよ。」
と言って、本当にその瞬間を出せたら。
それは、きっとかなりいいものだと思います。